『コレラの時代の愛』と、肉体を持つということ

彼女は浣腸をするときに手伝い、先に起きて、眠っている間はコップに入れてある入れ歯を磨いてやった。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』p497)

 

赤ん坊となってこの世に生まれて来られたイエスはお襁褓もかえて貰い、体も洗って貰っただろうが、『コレラの時代の愛』の主人公フロレンティーノ・アリーサは年老いてからフェルミーナ・ダーサに浣腸の手伝いをして貰ったのだ。

 

『コレラの時代の愛』と「あなたは…わたしのために体を備えてくださいました」(ヘブライ人への手紙10:5)で私は、「『コレラの時代の愛』は、「肉体を持つ」ということを一つの重要なテーマとして描いている」と書いたのだが、ガルシア・マルケスはこういった箇所でもさりげなくそれを表している。

 

子らは血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。(ヘブライ人への手紙2:14)

 

 

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『コレラの時代の愛』と「あなたは…わたしのために体を備えてくださいました」(ヘブライ人への手紙10:5)

素裸の遺体は硬直し、奇妙な具合によじれていた。目は大きく見開かれ、身体は青黒くなり、昨夜会ったときより五十歳ばかり老け込んだように思われた。瞳孔は透き通り、ひげと髪の毛は黄ばんでいて、縫合の跡が見えるごつごつした古傷が腹部を横切っていた。長年松葉杖をついていたので、上半身と腕はガレー船の奴隷のようにたくましかったが、萎えた両脚はまるでみなしごのように頼りなげだった。フベナル・ウルビーノ博士はちらっと遺体を見て、言いようのない悲しみを覚えたが、長年、死を相手に不毛の戦いを続けてきた博士がそのような感情を抱くことはほとんどなかった。

「なんてばかなことをしたんだ」と博士は彼に語りかけた。「だが、これでもう苦しむこともないだろう」

 

(中略)

 

 ペンテコステの日曜日に、ウルビーノ博士はジェレミア・ド・サン・タムールの遺体を覆っていた毛布を持ち上げた。それまで医師として、また信心深い人間として何一つやましいところのない人生を送ってきたが、その自分が気づかずに見過ごしてきたものが、あの日に暴き立てられたように感じた。長年死に慣れ親しみ、死を相手に戦い、いじり回してきたはずなのに、勇気を出して死を真正面から見詰め、死のほうも彼を見詰め返すといった体験は一度もなかったように思われた。死が恐ろしかったのではない。そうではなかった。いつだったか、ある夜、悪夢を見て目を覚ました。彼はつねづね、自分くらいの年齢だといつお迎えが来てもおかしくないと考えていたが、悪夢を見た夜は死が直近の現実のように感じられた。以後、死の恐怖は彼の心の中に住みつき、それと一緒に生き、彼の影にかぶさるもうひとつの影になっていた。それまで想像で作り上げた確信でしかなかったものが、あの夜に実体を備えたものとして博士の目の前に現れてきたのだ。その恐ろしい真実を明らかにするための手段として神慮がジェレミア・ド・サン・タムールを選んだというのは、ありがたいことだった。博士はそれまで彼を、恩寵に浴しているのに、そのことに気づいていない聖人のような人間だと思っていた。しかし、あの手紙によって、彼の正体を、おぞましい過去を、策謀を練り上げる恐るべき能力を知ることになった。そしてそれが分かったとき、博士は何か決定的で、取り返しのつかないことが自分の身に起こったように感じた。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』より)

コレラの時代の愛』は、ジェレミア・ド・サン・タムールの検死の場面から始まる。

罪の世界にあって、私達は生まれてきても、老いていかなければならず、終いには死なねばならない。

「六十になったら、どんなことがあっても自分の命を絶つつもりだ」と周到に計画を立ててきたジェレミア・ド・サン・タムールの死に遭って、フベナル・ウルビーノは、自身の中にもある自死への誘惑に気づくのである。

 

私はここで葛原妙子の短歌を思い浮かべる。

かすかなる灰色を帶び雷鳴のなかなるキリスト先づ老いたまふ 『をがたま』

(http://d.hatena.ne.jp/myrtus77/20151126/p1)

 

「老い」は「死」よりも手強いかも知れない。「人生の年月は七十年程のものです。健やかな人が八十年を数えても得るところは労苦と災いにすぎません。」(詩編90:10)

ウルビーノ自身、多くの薬を飲んでいた。

…、そんな博士の日常生活は決まりきったものだった。一番鶏の鳴き声で目を覚ますと、一時間ごとに秘密の薬を服用した。つまり、気力を奮い立たせるために臭化カリウムを、雨季になると痛む関節のためにサルチル酸エステルを、めまいを押さえるためにライ麦の麦角菌を溶かした液体を、熟睡できるようにベラドンナを飲むといった具合だった。四六時中何か薬を飲んでいたが、人に見られないよう神経を使っていた。長年にわたって医療の実践と教育を行ってきた中で、一貫して、老いの苦痛を和らげるために緩和剤を用いてはならないと言い続けてきたからだった。これはつまり、彼にとっては自分の苦痛よりも他人の苦痛のほうが耐えやすいということにほかならない。ポケットの中にはいつも樟脳を詰めた小袋が忍ばせてあった。いろいろな薬を飲んでいるせいで生じる不安を取り除くために、誰も見ていないときにこっそり嗅いでいた。(『コレラの時代の愛』より)

コレラの時代の愛』は、「肉体を持つ」ということを一つの重要なテーマとして描いている。

 

体、肉体を持つということは限界、すなわち死を孕むことにほかならない。しかし・・。

 海が荒れた最初の夜はもちろん、海が凪いだあとも、いや、長く続いた結婚生活を通じて、夫がフェルミーナ・ダーサの恐れていたような暴力的な行為に及んだことはただの一度もなかった。…。リオアーチャからスクーナーで町に戻ってきたときと同じように彼女は船酔いのひどい苦しみを味わう羽目になった。夫は一睡もせずに彼女のそばについて力づけた。卓越した名医として知られる彼も、船酔いが相手ではそれくらいのことしかできなかった。しかし、三日目、船がグアイラの港を出た後、嵐が収まった。二人は長い時間を一緒に過ごし、いろいろな話をしていたので、すっかり打ち解けていた。

(中略)

緊張が解けたように思われたので、彼ははじめてナイトドレスを脱がそうとしたが、いかにも彼女らしく衝動的に彼の手を抑えると、こう言った。《自分でできます》。そう言ってナイトドレスを脱ぎ捨てると、棒のように身体を硬くした。闇の中に彼女の真っ白な身体が浮かび上がったが、それがなければ、ウルビーノ博士は彼女がどこかに消えてしまったと思ったにちがいない。

(中略)

 彼女を愛していないことは自分でもよく分かっていた。彼女と結婚したのは、その高慢なところや生真面目さ、性格的な強さに惹かれてのことだが、彼自身の虚栄心もいく分かはあった。彼女のキスを受けているうちに、この女性となら本当の愛をはぐくむことができるだろうと確信するようになった。(『コレラの時代の愛』より)

私は、「肉体を持つということは、愛することにおいて限界を孕むということである」(https://myrtus77.hatenablog.jp/entry/2021/01/22/113452)

 と書いた。

しかし同時に、「愛の行為は肉体を持つことによって可能になる」と言わねばならないだろう。

苦しんでいる者に「手を差し伸べる」というように、具体的な愛の行為には身体が必要なのである。

 

聖書は、夫婦の愛の行為においても、身体を重んじるように勧めている。

夫は妻に、その務めを果たし、同様に妻も夫にその務めを果たしなさい。妻は自分の体を意のままにする権利を持たず、夫がそれを持っています。同じように、夫も自分の体を意のままにする権利を持たず、妻がそれを持っているのです。互いに相手を拒んではいけません。(コリントの信徒への手紙一7:3~5)

そのように夫も、自分の体のように妻を愛さなくてはなりません。…。わたしたちは、キリストの体の一部なのです。(エフェソの信徒への手紙5:28,30)

 

彼女が思い浮かべたのは…年老い、足をひきずっている、今ここに存在している彼のことだった。いつでも手の届くところにいるのに、そこにいるとは分からない彼のことだった。(『コレラの時代の愛』より)

 

市に嘆くキリストなれば箒なす大き素足に祈りたまへり 葛原妙子『鷹の井戸』

http://myrtus77.hatenablog.com/search?q=%E5%B8%82%E3%81%AB%E5%98%86%E3%81%8F

 

それで、キリストは世に来られたときに、次のように言われたのです。「あなたは、いけにえや献げ物を望まず、むしろ、わたしのために体を備えてくださいました。あなたは、焼き尽くす献げ物や罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。そこで、わたしは言いました。『御覧ください。わたしは来ました。聖書の巻物にわたしについて書いてあるとおり、神よ、御心を行うために。』」(ヘブライ人への手紙10:5~7)

 

生誕ののち数時間イエズスはもつとも小さな箱にいましぬ 葛原妙子『をがたま』

 

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『コレラの時代の愛』と「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った」(ヨハネ福音書1:14)

ふと、アメリカ・ビクーニャのことを思い出して、胸を刺し貫かれるような痛みを感じて身をよじった。これ以上真実に目をつむっているわけにはいかなかった。彼はバスルームに閉じこもり、ゆっくり時間をかけ心ゆくまで泣きつづけた。そうしてはじめて彼は、自分があの少女を深く愛していたことを認めた。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』より)

 

上に引用したのは、フェルミーナ・ダーサと船出するために捨てた少女が自殺したという知らせを受けた後、フロレンティーノ・アリーサが少女を思って泣く場面である。

肉体を持ってこの世に生きるということは、別々の場所で同時に二人の人とは居られないということであり、どんなに愛していてもどちらかを選んで、片方を捨てなければならないということを物語っている。

 

そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。(ヨハネによる福音書1:14 口語訳聖書)

 

肉体を持つということは、愛することにおいて限界を孕むということである。

 

罪には様々なものがあるが、それら全てが「愛せない」というところに集約されていく、と私は思う。

ドストエフスキーは、キリストの教えに従って人を自分自身のようには愛せない、と嘆いた。
 

ドストエフスキーだけではない。「イエス様に愛しなさいと言われているのに、母のことが愛せない」と、涙を流した人もいる。私は、「人となって、私たちの苦しみを味わって下さったイエス様が、愛せないと苦しんでいる者に向かって愛さなきゃいけないなんて言うはずがない」と話した。

 

 

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『コレラの時代の愛』とビクーニャ(ラクダ科)

 名前をアメリカ・ビクーニャといった。家族のものは遠縁にあたるフロレンティーノ・アリーサを身元引受人にして、二年前に彼女を漁村のプエルト・パードレから彼のもとに送り出した。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』)

ビクーニャラクダ科の生き物のようである。しかし『コレラの時代の愛』に出て来る「アメリカ・ビクーニャ」とは、14歳の少女の名前なのである。14歳の少女に「アメリカ・ビクーニャ」なんていう名前をつけるとは!と思う。

 

私がここから連想したのは、創世記24章であった。

そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した女たちが水くみに来る夕方、彼は、らくだを町外れの井戸の傍らに休ませて、祈った。「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答 えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示された のを知るでしょう。」僕がまだ祈り終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せてやって来た。彼女は、アブラハムの兄弟ナホルとその妻ミルカの息子ベトエルの娘で、際立って美しく、男を知らない処女であった。彼女が泉に下りて行き、水がめに水を満たして上がって来ると、僕は駆け寄り、彼女に向かい合って語りかけた。「水がめの水を少し飲ませてください。」すると彼女は、「どうぞ、お飲みください」と答え、すぐに水がめを下ろして手に抱え、彼に飲ませた。彼が飲み終わると、彼女は、「らくだにも水をくんで来て、たっぷり飲ませてあげましょう」と言いながら、すぐにかめの水を水槽に空け、また水をくみに井戸に走って行った。こうして、彼女はすべてのらくだに水をくんでやった。(創世記24:9~20)

創世記24章には、アブラハムの命を受けて、僕がイサクの嫁を探しに行った様子が子細に描かれている。ここに記されているように、リベカは「アブラハムの兄弟ナホルとその妻ミルカの息子ベトエルの娘」で、謂わば「遠縁にあたる」。

 

聖書には、また、次のような言葉が記されている。

神に従う人は家畜の求めるものすら知っている。(箴言12:10)

安息日を守ってこれを聖別せよ。…。七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる。(申命記5:12,14)

 

「神の御心を行うとはどうすることか」、「愛するとはどうすることか」と聖書に聴くなら、愛の対象は家畜にまで拡がっていくのだと示されるように思われる。

 

あるがままの彼女が好きだったし、老いの坂にさしかかったたそがれ時の激しい喜びをもって彼女を愛するようになった。
 (略)中には、用もないのに身元引受人と一緒に外出しないほうがいいとか、彼が口をつけたものは食べないようにとか、老いが伝染するから息がかかるほど顔を近づけないほうがいいと言うものもいたが、彼女はそんな忠告をまったく意に介さなかった。二人は、人がどう思おうが素知らぬ顔をしていた。自分たちが血縁関係にあることは周知のことだったし、年齢が極端に開いていたので妙な勘繰りをされることがなかったからだった。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』)

 

マルケスは、聖書の中の出来事をそこここに鏤めて物語を紡いでいるように思われる。

 

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『コレラの時代の愛』と「ラーハム=子宮から広がる思いやり」

主よ、あなたの憐れみは豊かです。(詩編119:156)

 

「慈しみ」や「憐れみ」を表す言葉で良く聞くのは「ヘセド」という言葉だが、156節の「主よ、あなたの憐れみは豊かです」の「憐れみ」は、「ラーハム」というヘブライ語で、辞書には「胎児をかわいがるように子宮から広がる思いやり」と記されているそうだ。

神が三位一体の神であれば、母性的な質が神の中にあっても何ら不思議でないどころか、あって当然だろうとさえ思ってきたのだが、元々の言葉にこういった説明がなされているものがあると知って、ますます面白いと思った。

ダニエル書の「憐れみと赦しは主である神のもの」(9:9)の「憐れみ」と訳された言葉も、この「ラーハム」のようだ。

 

彼女の産着の匂いのせいで彼の内に秘められていた母性本能が目覚めた。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』)

 ここで言われている「彼」とは、フロレンティーノ・アリーサのことである。男性である。そしてこの物語の主人公である。

 

 

 

 

 

 

 

『コレラの時代の愛』とローマ人への手紙7章1~4節

ローマ人への手紙7章1節から3節までの聖書朗読を聞いて、ガルシア・マルケスの『コレラの時代の愛』の一節を思い浮かべた。

先ず、ローマ人への手紙から引用する。

それとも、兄弟たちよ。あなたがたは知らないのか。わたしは律法を知っている人々に語るのであるが、律法は人をその生きている期間だけ支配するものである。すなわち、夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって彼につながれている。しかし、夫が死ねば、夫の律法から解放される。であるから、夫の生存中に他の男に行けば、その女は淫婦と呼ばれるが、もし夫が死ねば、その律法から解かれるので、他の男に行っても、淫婦とはならない。(ローマ人への手紙7:1~3)

パウロはローマ人でこんな喩えを用いて語っていたのかと思わされたのだが、マルケスはここの御言葉を踏まえて次の場面を描いたのではないかと思った。

そのときしみひとつないリネンのスーツを着たフベナル・ウルビーノ博士の姿が目に入った。職業的な厳しさと心をとろかすやさしさをたたえ、公的なものを愛してやまなかった博士が、過去から来た船の上から白い帽子をふって別れのあいさつをした。以前、博士は彼女にこう言ったことがあった。《男というのは偏見に縛られたあわれな奴隷なんだよ。それにひきかえ、女性はある男と寝ると決めたら、どんな障害でものり越えていく、要塞があれば攻め落とすし、道徳的な問題があっても、平気で無視できる。そうなると、神様も眼中にないからね》。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』より)

この場面は、亡くなった博士が霊となって、フロレンティーノ・アリーサと共に船出したフェルミーナ・ダーサの元に別れを告げに来る場面である。

 

ドストエフスキーも投獄中に聖書を読んだと言われているが、マルケスも聖書は熟読していただろうと思われる。

 

コレラの時代の愛』から「ローマ人への手紙」を逆照射すると、聖書の語っていることが理解出来るのではないかと思った。

わたしの兄弟たちよ。このように、あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法に対して死んだのである。それは、あなたがたが他の人、すなわち、死人の中からよみがえられたかたのものとなり、こうして、わたしたちが神のために実を結ぶに至るためなのである。(ローマ人への手紙7:4)

「他の人、すなわち、死人の中からよみがえられたかた」とは、イエス・キリストのことである。私たちは律法に死んで、キリストのものとなるのだ。

 

ローマ人への手紙は、「義人はいない、ひとりもいない」(3:10)にも象徴されているように、人間の側の正しさではなく、徹底して神の優越性を語る。

11章32節に記されているように、神は自在に人間に臨まれる。それは全ての人に救いを得させるためである。

私たちは、律法に縛られている状態からキリストのものとなり、本当の自由へと解放されるのである。

 

ローマ人への手紙から『コレラの時代の愛』に戻るなら、どうなるだろう?

「律法に死んで、キリストのものとなる」、ウルビーノ博士からフロレンティーノ・アリーサのものとなるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『コレラの時代の愛』からティリッヒ神学へ

「これがどういうものなのかずっと分からなかったんです」と彼女が言った。
 彼はいちいちその場所に彼女の手を導きながら、教師のように生真面目に説明してやり、彼女は彼女で模範的な生徒らしくおとなしく言いなりになっていた。頃合を見て彼は、明かりをつけたほうが説明しやすいんだがね、と言った。明かりをつけようとしたが、彼女はその手を押しとどめて、こう言った。《手を使ったほうが分かりいいんです》。実を言うと明かりをつけたかったのだが、人から命じられるのでなく、自分からそうしたかったのだ。実際彼女自身が明かりをつけた。明かりの下で、彼女はシーツに包まって胎児のような姿勢をとっていた。しかし、あの興味の対象である生き物をためらうことなくつかむと、右を向けたり、裏返したりして調べていたが、単に科学的な興味以上のものを抱きはじめたように思われた。最後にこう言った。《なんだか変な形ね、女性のものより醜いわ》。彼は、たしかにその通りだと言い、醜いだけでなくほかにもいろいろと不便なことがあると言って、こう付け加えた。《これは長男と同じなんだ。これのために一生働き続け、あらゆる物を犠牲にし、挙句の果てに結局これの言いなりになるんだからね》。彼女は、これはなんの役に立つの、あれはどうなのと次々に質問を浴びせながら、つぶさに調べ続けた。そして、もうこれでいいだろうと思ったところで、両手でその重さを測り、それほど重いものでないと分かると、軽蔑したようにふたたびポイッと投げ出した。
「それに、余計なものがいっぱいくっついていますわ」と言った。
 それを聞いて彼は戸惑った。彼の学位論文のタイトルが、『人体の器官を単純化した場合の効用について』というものだったからだ。人類が若い頃なら必要だったかもしれないが、現代にあっては役に立たないか、重複している機能が沢山ついていて、人体は今ではもう古びたものになっているように思われる。人体はもっと単純であっていいし、そうなれば病気にかかる率も低くなるはずだ。さらに、論文の結びでこう書いた。《もちろん人間は神によって創造されたものであるが、いずれにしても理論的な用語によって明確にしておくことが望ましい》。それを聞いて、彼女はごく自然に、本当に楽しそうに笑ったが、彼はその機を逃さず彼女を抱きしめると、はじめてその口にキスをした。(ガルシア・マルケスコレラの時代の愛』)

この場面を読んで、ティリッヒの言う「同一性と差異性の同一性」が三位一体の神に根拠をおいていたのだ、と理解した。

父、子、聖霊という全く相容れないものが、それぞれでありながら、神の中で一つとなっている。

全く相容れないものが一体となる。聖書に記された結婚の奥義はここにある。それ故、男と女でなければならないのだ。

 

神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。(創世記1:27)

 

もっとも遠いと思われるもの、もっとも理解出来ないと思われるもの、全く相容れないものがそれぞれでありながら一つとなる。ここにあらゆるものの奥義がある。すなわち、平和というものの、共存というものの、そして、愛というものの。

 

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三位一体を花で・・。

 

以下は、老齢の牧師の『旧約聖書に聴く』から

コヘレト「わたしは見た」
 しかし、見る、ではなく「わたし」に注目しよう。何度も「わたし」と言う。こんなに自分のことを語る人を旧約聖書の中に見るだろうか。しかも「わたしは」と自分を強調する。ヘブル語ではアニーと言う。(略)
 コヘレトは十数回「アニー」と言う。自分が神の「アニー」を前にして、アブラハムの言葉を借りれば「ちりひじ」に過ぎない、むなしい者であることを徹底的に知りつつ、臆せず何度も何度も「アニー」を繰り返す。「わたし」の考え、洞察、見方、意見、発言がどんなにむなしいものであるかを知りつつ、あえて自分をそこに押し出す理由は何であろうか。ヨーロッパの文化と歴史をよく知っている加藤周一が、そこに生きる「わたし」の強さに驚き、…日本の伝統には「わたし」はない、と言った。…。古語辞典でも現代国語辞典でも「われ」は「わたし」と「あなた」の両方に用いられる、と説明してある。無私、無我、没我滅私が理想なのだろうか。我を張る人間は嫌われるのだろうか。この国の中で「わたし」はどうなって行けばよいのか、重い課題である。
 1923年、マルチン・ブーバーというユダヤ人が「我と汝」という小さな論文を書いて、第一次世界大戦後のヨーロッパに大きな反響を興した。(略)
 コヘレトが「わたし」を力強く押し出して来ることができる根拠は、真の「わたし」である神にある。コヘレトが初めから「わたし」として存在するわけがない。それは造られた「わたし」である。その「わたし」が造り主に向かって「あなた」と呼ぶことが出来る。ほめたたえることができるし、そう命じられている。そうしてもよいどころか、そうすべきであり、心からそうしたいのである。そうしない「わたし」はもはや「わたし」ではない。万事につけて活き活きとした「われとなんじ」が生起する。(『福音時報』10月号)