ドストエフスキーとキリスト教

神の御言葉によって・・

2月22日未明、救急車で運ばれ、午前3時の時点で人工呼吸器をつけて延命措置に入った。帰る前にSCUに入り、「エレミヤ、楽しみにしていたからね(「ローマの信徒への手紙が終わったら、エレミヤ書を礼拝でやりたいと思っている」と話していたのだった)。頑張…

失うのが怖かったから・・

失うのが怖かったから自分から離れていこうとしていたのだ。 4月初めから微熱が続いていたようで、30日、病院から呼び出しがかかった。今後の主治医の治療方針を聞いた後、「この後、10分間だけ会って頂きます」と言う。これが最後かも知れないから会わせて…

ソーニャを・・ー ドストエフスキー『罪と罰』

私は、『罪と罰』を読む前から、ドストエフスキーはソーニャをキリストとして描いていると考えていた。そして『罪と罰』について書き始めてからもそのことを証明しようとするようにして書いてきた。けれど書きながら、予想とは違ったところへと着地するだろ…

死が立ちはだかっている

罪について、三度(みたび)− ドストエフスキーから

・・。そして、小林秀雄がE・H・カーにならって、『手記』の陰鬱な気分と苛立たしい調子を醸しだした要因としている一八六四年冬の不幸一色の作家の生活が、おそらくそれを補完するものなのだろう。その冬、ドストエフスキーは、肺病で死にかかっていた最初…

『柄谷行人中上健次全対話』からドストエフスキーを考える

本屋で『柄谷行人中上健次全対話』という文庫本を見つけて買って帰り、後ろから前へとちらちら読んで、自分自身について分からないと思っていたことが一つ分かった!と思った。 私は子どもの頃から何故か周りから文学少女だと思われているようなところがあっ…