『コレラの時代の愛』と、娼婦ラハブ

母親は息子の状態が恋の病というよりもコレラの症状に似ていたので恐慌をきたした。同種療法を行っている老人がフロレンティーノ・アリーサの名親になっていたが、トランシト・アリーサは人の囲いものになって以来、何かにつけてその老人に相談を持ちかけて…

眠れぬままに夜の海・・

目が覚めて眠れぬままに夜の海みていたと聞けば何かせつない うっ血性心不全で入院した時は、まだ自分の足で病院内を歩くことができた。 海の見える新しい病院の階上に行って、ずっと海を見ていた、という。 今は、ベッドの中で、寝返りを打つことさえ出来ず…

ヒロさんへの手紙

歩けることよりも良いものが・・

「イエス・キリストの名によって」(使徒言行録 3:1〜10より) お読みいただいた聖書の箇所は、足の不自由な男が使徒ペトロによって癒された記事である。このところから、わたしたちの教会が果たすべき責任とは何なのかをご一緒に学びたい。 使徒言行録は、…

『コレラの時代の愛』と「コロナの時代の・・」

時間が遅々として進まないように思える。永遠にこの状態が続くようにさえ思える。それでいて様々な煩いが四方から押し寄せてくる。 主よ、いつまでなのですか。(詩編6:4 聖書協会共同訳) 主よ、悪しき者はいつまで 悪しき者はいつまで勝ち誇るのでしょうか…

神の御言葉によって・・

2月22日未明、救急車で運ばれ、午前3時の時点で人工呼吸器をつけて延命措置に入った。帰る前にSCUに入り、「エレミヤ、楽しみにしていたからね(「ローマの信徒への手紙が終わったら、エレミヤ書を礼拝でやりたいと思っている」と話していたのだった)。頑張…

失うのが怖かったから・・

失うのが怖かったから自分から離れていこうとしていたのだ。 4月初めから微熱が続いていたようで、30日、病院から呼び出しがかかった。今後の主治医の治療方針を聞いた後、「この後、10分間だけ会って頂きます」と言う。これが最後かも知れないから会わせて…

いつか自ら命を絶つと・・。

夫もいつか自ら命を絶つのではないかと、私はずっと恐れていたのだ、きっと。 いつの間にか、居場所になっていたのだ、この人の傍らが・・。

『コレラの時代の愛』と葛原妙子「たしかめがたくうすらなる人」

フェルミーナ・ダーサはフロレンティーノ・アリーサのことを考えて明け方までそこに座り続けた。彼女が思い浮かべたのは、思い出してもべつに懐かしいとも思わないロス・エバンヘリオス公園で陰気な歩哨のように立っていた彼ではなく、年老い、足をひきずっ…

akina nakamori『Diva』を購入

これは、2009年に出されたアルバムである。 「DIVA」は、2曲目に入っている。 「悲しみさえその力に変えていけるtake your way」が、「憎しみさえ」と言葉をかえながら繰り返されるが、終始抑えた声で歌われ、最後のところで歌い切るように歌う。 「悲しみさ…

『コレラの時代の愛』から「愛はいつ、どこにあっても愛であり、・・」

フェルミーナ・ダーサは息子の嫁とは仲良くしていて、気のおけない仲だったので、元気な頃のような強い言葉で胸のうちを打ち明けた。《一世紀も前の話だけど、昔あの気の毒な人と付き合っていたときは、若すぎるというので、何もかもぶち壊しにされて、今度…

ソーニャを・・ー ドストエフスキー『罪と罰』

私は、『罪と罰』を読む前から、ドストエフスキーはソーニャをキリストとして描いていると考えていた。そして『罪と罰』について書き始めてからもそのことを証明しようとするようにして書いてきた。けれど書きながら、予想とは違ったところへと着地するだろ…

ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』ーマルケス断章

「わたしがお前をどれほど愛していたか、神様だけがご存じだ」(ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』) 本を読んで涙を流したことはこれまでにもあったが、本を抱きしめたいと思ったことはなかった。 台所で夕食のスープの味見をしていたフェルミーナ・ダ…

『グアバの香り ガルシア=マルケスとの対話』1ーマルケス断章

「どこに愛があるというのか!ー『百年の孤独』1 」で、「しかしこの場面の描写は、これまでどんな書物の中にも見たことがないというような荒唐無稽なものではない。ちょっと聖書を読んだことがある者なら、ここから次のような箇所が連想されるはずである」…

『コレラの時代の愛』と、肉体を持つということ

彼女は浣腸をするときに手伝い、先に起きて、眠っている間はコップに入れてある入れ歯を磨いてやった。(ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』p497) 赤ん坊となってこの世に生まれて来られたイエスはお襁褓もかえて貰い、体も洗って貰っただろうが、『コ…

『コレラの時代の愛』と「あなたは…わたしのために体を備えてくださいました」(ヘブライ人への手紙10:5)

素裸の遺体は硬直し、奇妙な具合によじれていた。目は大きく見開かれ、身体は青黒くなり、昨夜会ったときより五十歳ばかり老け込んだように思われた。瞳孔は透き通り、ひげと髪の毛は黄ばんでいて、縫合の跡が見えるごつごつした古傷が腹部を横切っていた。…

『コレラの時代の愛』と「そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った」(ヨハネ福音書1:14)

ふと、アメリカ・ビクーニャのことを思い出して、胸を刺し貫かれるような痛みを感じて身をよじった。これ以上真実に目をつむっているわけにはいかなかった。彼はバスルームに閉じこもり、ゆっくり時間をかけ心ゆくまで泣きつづけた。そうしてはじめて彼は、自…

『コレラの時代の愛』とビクーニャ(ラクダ科)

名前をアメリカ・ビクーニャといった。家族のものは遠縁にあたるフロレンティーノ・アリーサを身元引受人にして、二年前に彼女を漁村のプエルト・パードレから彼のもとに送り出した。(ガルシア・マルケス『コレラの時代の愛』) ビクーニャはラクダ科の生き…

『コレラの時代の愛』と「ラーハム=子宮から広がる思いやり」

主よ、あなたの憐れみは豊かです。(詩編119:156) 「慈しみ」や「憐れみ」を表す言葉で良く聞くのは「ヘセド」という言葉だが、156節の「主よ、あなたの憐れみは豊かです」の「憐れみ」は、「ラーハム」というヘブライ語で、辞書には「胎児をかわいがるよう…

『コレラの時代の愛』とローマ人への手紙7章1~4節

ローマ人への手紙7章1節から3節までの聖書朗読を聞いて、ガルシア・マルケスの『コレラの時代の愛』の一節を思い浮かべた。 先ず、ローマ人への手紙から引用する。 それとも、兄弟たちよ。あなたがたは知らないのか。わたしは律法を知っている人々に語るので…

『コレラの時代の愛』からティリッヒ神学へ

「これがどういうものなのかずっと分からなかったんです」と彼女が言った。 彼はいちいちその場所に彼女の手を導きながら、教師のように生真面目に説明してやり、彼女は彼女で模範的な生徒らしくおとなしく言いなりになっていた。頃合を見て彼は、明かりをつ…

どこに愛があるというのか!ー『百年の孤独』5

聖書の中にはメルキゼデクという「王」とも「祭司」とも言われるちょっと不思議な人物が出て来る。創世記(14章)にはアブラハムを祝福したサレムの王として。そしてヘブル人への手紙では、「イエスは、永遠にメルキゼデクに等しい大祭司」(6:20)というよ…

どこに愛があるというのか!ー『百年の孤独』4

百年の孤独蔵して蟻の群「コリアンダーは昔つくつていましたよねぇ」それほど昔と思わないままいやぁもう30ねんはゆうに過ぎたヤブカラシのつるたぐりよせつつせんねんはいちにちのよういちにちはせんねんのよう夢のまた夢バビロニアは確か神に用いられ・・…

どこに愛があるというのか!ー『百年の孤独』3

このところ世界各国で同性婚が取り上げられてきているが、『百年の孤独』の最初から最後までを貫いて横たわっているのは近親婚の禁忌である。 古い集落で共に育ったホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラ・イグアランはいとこ同士で結婚するが、母親か…

どこに愛があるというのか!ー『百年の孤独』2

…、ある暑さのきびしい水曜日のことだった。籠を持ったひとりの年配の尼僧が屋敷を訪ねてきた。戸口に出たサンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダは、てっきりただの届け物だと思い、美しいレースの布をかぶせた籠を受け取ろうとした。ところが尼僧は、フェルナンダ・…

どこに愛があるというのか!ー『百年の孤独』1

やがて迎えた三月のある日の午後、紐に吊したシーツを庭先でたたむために、フェルナンダは屋敷の女たちに手助けを頼んだ。仕事にかかるかかからないかにアマランタが、小町娘レメディオスの顔が透きとおって見えるほど異様に青白いことに気づいて、「どこか…

死と同じくらいに自分ではどうすることも出来なかったーマルケス断章

お前たちの愛は朝の霧 すぐに消えうせる露のようだ。(ホセア書6:4) ドストエフスキーが愛せないと苦しんだ時、そこには死が立ちはだかっていただろう。けれど、私が愛せないと苦しんだのは、そんな高尚なものではなかった。 振り返ると、すぐ目の前に氷…

この死ぬべきものがーマルケス断章

ガルシア・マルケスの初期の作品に『青い犬の目』という短編集がある。この短編集を読んで一番に頭に浮かんだのが、「死」という文字であった。『百年の孤独』に見られるような豊穣さは全く感じられず、硬く、ひたすら「死」について思いつめているような、…

「知る」ということーマルケス断章

ある時、夕食の足しにお総菜のカキフライを買って来た。 娘は食べないので、よそい分けもせずに夫と二人で食べるのにパックのまま出した。 タルタルソースを夫は全部のカキフライにかけて、残ったソースを「もう使わない?」と私に尋ねてきた。それで私は、…

死が立ちはだかっている