失うのが怖かったから・・
失うのが怖かったから自分から離れていこうとしていたのだ。
4月初めから微熱が続いていたようで、30日、病院から呼び出しがかかった。今後の主治医の治療方針を聞いた後、「この後、10分間だけ会って頂きます」と言う。これが最後かも知れないから会わせてくださるんだな、と思う。
こちら側に引き止めないと、と思い、「あなたがいなくなったら私も生きていけないよ」と言うと、(自分では動かしているつもりかもしれないが)動かせない舌を懸命に動かそうとしながら、何か怒っているように息も荒く話しかけようとしている。
それから10分、何もすることが出来ないから腕をさすっていると、息も穏やかにまどろみはじめた。
失うのが怖かったから、自分から先に離れようとしていた。
父と母が別れているから、母が生きているうちは絶対に別れない、と心に決めていたが、逆に母が生きている間、私はいつも夫に「別れて欲しい」と言っていた。
傍にいて、仕事の事で苦しんでいるのを見ているのが辛かった。いつか自ら死を選ぶのではないかと恐れていた。それならいっそ、こちらから先に離れていく方がいい。
だけど、私がいつもいつもこんなことを言っていたから、「少しでも僕の方が先に死んで君を自由にしてやれたらいいなぁ」と言っていたんだ。私は夫を二重に苦しめていたんだな。だから、怒って何か言おうとしていたんだ。
「本当の苦しみは愛するものからやって来る」(小林秀雄)のだ。
人間は一人ひとり、切り離された個人として生きています。
でも、自分で思うよりずっと、人間は他者や外界とつながって生きているところがあります。
パートナーとの出会いや子育てなどを通して「人が変わった」と言われるほどの大変容を遂げる人もいれば、大切な人を失って深く傷つき、長いあいだ立ち直れなくなる人もいます。
もし私たちが本当に「他者と切り離された、個」として生きているなら、これほどまでに他人の意見を気にし、他人の存在や生死に、人生を一変させられることはないはずです。(石井ゆかり=著『3年の星占い 蟹座』(すみれ書房)より抜粋)